どんぐりと民主主義—都道3・2・8号線問題から考える(7)
里山と非敵対的矛盾
國分:話がちょっと戻っちゃいますけれども、先程、中沢さんが「どんぐりと民主主義」という表現が非常によいと仰ってくださいました。いわば、民主主義っていうものの中に人間以外の生物も含めて考えようというメッセージだっていうわけです。更に中沢さんは、日本にも実は民主主義の伝統があり、それが里山だ、と。すごい独創的な解釈だと思うんですけれど(笑)、僕も里山という発想がすごく好きなんですよ。なにがいいかって、里山って人工的なものですよね。だから、技術が入っている。だけど、その技術と自然というものが、ある意味で調和っていうとちょっと聞こえがいいんですけれども、人間が利用し、かつ自然も利用する、狭間のような空間を作りだしている。
中沢:「調和」だとちょっと違うんだ。
國分:ちょっと違うんですか。なんて言ったらいいんでしょうね。
中沢:人間と動物はもともとは仲間ですけれども、矛盾するんです。動物が求めているものと人間が求めているもの、つまり要求が矛盾する。しかし敵対はしないんです。毛沢東はそれを「非敵対矛盾」と呼びました。
國分:哲学になってきました(笑)。
中沢:そう哲学です。なんでも調和させちゃうってやり方だと、もともとお互いが持っている矛盾を相手に伝えたり、「自分はこう思っている」「でも、あなたの考えは違う」と対話をしながら練り上げていく方向に向かわないんですね。闘争や議論がいやだから調和させるということになってしまう。これだとものごとが深まっていかない。
ものごとを深めていくためには、お互いが議論したり、対話したり、時には闘争もしなきゃいけないというのが、この世界の道理なんですね。里山の場合は、動物が主張しているんですよ。たとえば、変なところに畦つくったりすると怒るんですね。穴あけて行ったり。
國分:怒るってほんとうに怒るんですね。(笑)
中沢:穴あけて抗議する。あるいは、人間がつくったものを利用する。琵琶湖の里山の記録映画を観てすごく面白かったんですけれども、あそこは段々畑になっていて、そこになまずがたくさん住んでいるんです。なまずはけっこう上の方に住んでいるので、産卵には琵琶湖に行かなきゃいけない。降りていく時は、川を降りていけばいいんです。水路を降りて行って、琵琶湖へ入って、産卵する。
ところが、戻ってくる時には、水路を水が上から下へと流れていくので、そこを超えられない。困ったなというわけですが、そこになんとも勇敢がなまずがいた。あそこは水揚げ機という、琵琶湖の水を上へ揚げていくポンプがあって、パイプが通っているんだけど、その中に入って、シュッポーンって飛んで上に昇っていくなまずがいるんだよ。本当ですよ、僕は記録映画で見たの(笑)。シュッポーン、ペタ、って上の田んぼへどんどん入っていく映像があって、そこに「このように人間と動物が共生しています」ってコメントが入る(笑)。
これが里山だなって思いました。動物の要求というものがあって、それを聞かないと動物は絶滅しちゃうんだけど、あの水揚げ機があることによって、なまずと人間の間の矛盾は調停されているわけです。
人間と動物の間の調停って、ものすごくデリケートにできていますから、それを学ぶための自然が必要だし、日本人の貴重な思想っていったら、この自然との民主主義じゃないかなと思うぐらいです。
國分:自然や動物や植物のことを考える民主主義、自然との民主主義ということで言うと、行政は一応、環境アセスメントというのをやるんですね。ところがこれが本当にテキトーなんです。植物を植え直せばいいとか言って、結局は工事は自然環境に影響はないという結論になる。自然、動物や植物が毎年毎年要求していることを全然聞かないんですね。
中沢:もう最後の手段は、オオタカに住んでもらうしかないでしょう。オオタカが巣を作っていたらダメになりますから。
國分:オオタカに頼むしかない。
中沢:頼むしかないですね。でも、オオタカはものすごくデリケートなやつらだから、「ここに巣をつくってよ」と言っても、そうそうやってくれないんです。あと、オオタカっていう特殊な動物だからこれが政策にも影響しうるわけですけれども、たとえばヒヨドリが住んでいると言ってもダメなんですよ。
國分:先程の「反映させる会」の水口さんのお話にもあったように、渡り鳥が途中で休憩地にしているっていう事実は、調査の中で分かってきたことなんですね。毎日目にしているけれども、少しも見えていなかった、分かっていなかった生態がそこにある。あの雑木林も、実は東京周辺の自然環境として、非常に重要な役割を果たしていたらしいのです。
僕は知らなかったんですが、ヒグラシがたくさんいるっていうのは、すごいことなんだそうですね。都会にはもうアブラゼミとミンミンゼミしか残っていないけれど、あそこの森には、ヒグラシがたくさん生息している。ヒグラシというのは準絶滅種に指定されている。それがあの雑木林にいたってことは、調査しなければ全然わからなかった。それがわかってきて、あの森自体の希少性、貴重性というのが明らかになりつつあるんですね。
中沢:去年から今年にかけてヒグラシ多いですね。
國分:ああ、そうですか?
中沢:ぼくは芦花公園の近くですが、芦花公園では、昨年の夏も今年もヒグラシが多かったですよ。不思議な話だけども、東京の自然っていうのは、結構そういう意味で豊かなところがあります。僕は最近大阪でずっと仕事をしていたんですけれど、大阪には、町中にこんな緑はないです。
東京都っていうのは、都心部に行けばいくほど、緑が豊かっていう不思議な構造をしていますけれども、郊外が結構自然破壊に狙われてしまうでしょう。実は郊外こそが、この問題に真剣に取り組んでいかないといけないでしょうね。