どんぐりと民主主義 PART2(1)

2013年2月22日、小平市福祉会館市民ホールで開催したシンポジウム「どんぐりと民主主義 PART2」の内容を、「atプラス」編集部加筆修正のうえ、ご提供いただきました。不定期連載の形で掲載します。この原稿は5月8日発売の「atプラス」に掲載予定です。

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どんぐりと民主主義 PART2
これからの住民自治のゆくえをめぐって

中沢新一×宮台真司×國分功一郎

どんぐりと民主主義

國分―― 中沢さんと僕は、昨年の一二月にもこの同じ会場で「都道3・2・8号線問題」を論じる講演会、「どんぐりと民主主義」を開催しました。今日はその第二回となります。社会学者の宮台真司さんをお招きし、都道の問題、住民投票、自治などをテーマに話し合っていきたいと思います。

都道3・2・8号線は半世紀前に計画された道路です。道路は西武国分寺線鷹の台駅付近の住宅地と玉川上水を貫通するように設計されています。その住宅地と玉川上水のあいだに大きな雑木林があるのですが、僕は二〇〇六年の末からその前にある都営住宅に住んでいました。いまは駅の反対側のほうに引っ越してしまったのですが、当時からずっとあの林に親しんできています。引っ越してきた当初はちょうどスピノザについての博士論文を書いていた頃だったんですが、よく玉川上水や雑木林で休憩していました。あと玉川上水の脇の遊歩道を通って保育園の送り迎えをしていたので、ほぼ毎日あの自然を経験していたんですね。

そういうわけですので、そこに巨大道路を通す計画があるという話を聞いてほんとうに驚愕しました。ちょうど付近の体育館で東京都による説明会があるということだったので行ってみました。二〇一〇年二月のことです。そこで僕はたいへんなショックを受けました。バットで頭を殴られたような感じでした。説明会にやってきた東京都の職員は、住民の話を聞く気などまったくないのです。最初に莫大な制作費を投入したと思われるビデオを見せて、なぜこの道路が必要かをさんざん説明する。その後に質問コーナーが設けられているのですが、その質問のルールが酷くて、一度質問して職員が答えたら、その答えに対する再質問はできないと言うのです。質問への答えは曖昧だったり、納得できないものであったりしますから、普通は答えに対して「でも、こうじゃないですか?」などと聞いたりしますね。そういう普通のことが認められない。説明会の司会者は明確にそれを禁じました。質問に対して職員が一度答えたら、それで終わりだ、と。要するに対話はしませんということなんです。

僕は哲学の研究者であり、また、政治哲学に強い関心をもって研究活動を送ってきた者ですが、「こんなことが許されていて何が民主主義なのか?」と非常に強い憤りを覚えました。哲学に携わる者として、この都道3・2・8号線問題を考え抜かねばならないと決意したのは、この東京都による衝撃的な説明会に参加したときなんです。

その後、僕なりに考えてきてひとつわかったことがありました。曲がりなりにも「民主主義」が原則とされている社会のなかで、なぜこんなことが起こりうるのか? つまり、東京都が道路をつくると決めたら住民には何もできないなどということが起こりうるのか? これには実は立法と行政についての近代民主主義理論の重大な思い違いが関係しています。

「民主主義」などといっても実際に我々に許されているのは、数年に一度、部分的に立法権に関わることだけですね。すなわち、選挙によって代議士を議会に送り込むことです。立法権にしか関われないのになぜ「民主主義」と言われているかというと、物事を決めるのは立法権すなわち議会であり、役所などの行政はそこで決められたことを粛々と実行する執行機関に過ぎないという建前があるからです。

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しかし、この建前が嘘であることは誰でも知っています。国政では官僚がたとえば「こういう保険制度をつくりたい」と決めて、議員たちが国会でそれにお墨付きを与える。東京都が「ここに道路を通したい」と決めたら、都議会が最終的にはそのための予算を承認する。つまり、実際に物事を決めているのは立法府ではなくて行政府なんです。ところが、近代の民主主義理論では立法府が物事を決めるという建前になっている。したがって、選挙というかたちで、立法府に対する住民の最低限のアクセスを確保しておけば、一応「民主主義」ということになる。そしてまた、行政府は執行機関に過ぎないという前提があるから、行政の決定に住民がタッチする必要はないということになる。こういうわけで我々は行政の決定に対するアクセス権をほとんど与えられていません。一応、市長や県知事などの首長を選挙で選ぶことはできますが、個々の政策については何もできない。

現在では行政が何かをやろうとする場合には、パブリックコメントを求めなければならないことになっていますが、これもほとんど何の意味もありません。参考にすらされず、「意見を聞いた」というアリバイづくりに利用されているだけです。最近、練馬区が関越自動車道新潟線の高架下に高齢者施設をつくる計画を立てたところ、高架は大地震には耐えられないという理由から住民が猛反対したということがありました。区が集めたパブリックコメントはそのほとんどが計画に反対するものでした。ところが区はそれをまったく無視して計画を進めていった。あまりに酷いということで新聞でも報道されました。

都道3・2・8号線計画については、「小平都市計画道路に住民の意思を反映させる会」が、計画に住民の意思を反映させるための住民投票条例案を提出し、地方自治法に基づく署名活動を行ないました。署名は必要数の倍以上の数が集まり、現在は小平市議会での審議を待っているわけですが(その後、三月二七日の市議会で可決)、この住民投票というのは、住民がオフィシャルに行政の決定に関わるための数少ない手段のひとつです。しかしその実現には非常に厳しいハードルが課されている3。今回の運動では、それをひとつひとつ乗り越えてやってきているんですが、住民投票にしても法的拘束力はなく、それを聞き入れるか否かは行政に任されています。

広い目で見るなら、「立法が決め、行政が実行する」という建前をつくってきたのは哲学です。だから僕は、行政の決定に住民がまったく関われないというこの状況の責任は哲学にあると思っている。だからこそ哲学が新しい民主主義の理論、すなわち、行政は単なる政策執行を意味しないという実際の条件を視野に収めた民主主義理論を構築しなければならない──前回の中沢さんとの対談では、こんな感じで僕のほうからは理論的な話をさせていただきました。この「都道3・2・8号線問題」は非常に大きな理論的な問題、つまり民主主義そのものの欠陥にも関わっているのだ、と。行政の決定に住民の意思を反映させるというこの運動がもつ意味は決して小さくないということをお話させていただいたわけです。

他方、中沢さんは現在の政治状況を見据えつつ、この「都道3・2・8号線問題」は小平の問題に留まらない、今後の東京都の政治のあり方そのものに関わる問題だろうとご指摘されました。中沢さんは日本を代表する文化人類学者であり、哲学者ですが、3・11のあとには「緑の意識を可視化する」をスローガンにして「グリーンアクティブ」という活動をはじめられた。「都道3・2・8号線」が今後の都政のあり方を決めるものになってしまうかもしれないというご指摘は、まさしく現在、実践的に政治に関わっていらっしゃる中沢さんだからこそできた鋭い指摘であったと思います。いま東京都はオリンピック招致のために膨大なお金を使っていますが、おそらく今後、オリンピックを口実として幹線道路をいくつも建設していくだろう、と。だから、これはたしかに小平市の問題だし、雑木林や玉川上水を守るという問題でもあるけれど、都政のあり方そのものに関わる問題である。僕もそれには、たいへん納得いたしました。

中沢―― 僕はグリーンアクティブという活動をやっています。これは、緑の党を準備するネットワークをつくる目的で立ち上げたものです。しかし、昨年の衆議院総選挙が前倒しになり、その時点ではまったくの準備不足もあり、うまく対応ができませんでした。脱原発ワンイシューの政党などが大急ぎでつくられたりしましたが、僕の考えている緑の党とはまったく異なるもので、乗りようがありませんでした。

でも、僕はあきらめていません。日本には環境政党が必要です。それをつくりだす努力を再出発させようと思います。いま市民運動としての緑の党はあっても、国政政党になっていない。地方議員にはたくさんの活動家がいらっしゃるんですが、大きい政治勢力にまだなっていない。国会内にある環境政党は集まったり散ったりして、なかなか明確なかたちをつくれないでいる。

国政と市民運動のギャップがいかに激しいか、骨身にしみました。しかし、長いスパンをかけて、環境政党を日本につくらなければいけないという気持ちは前とすこしも変わっていません。僕の人生としてもこんな試みは初めてのことですから、まあ最初はこんなものだろうとどっしり構えています。

國分さんがいま「緑の意識を可視化する」と言いましたけれど、小平でのこの運動のタイトルにもなっている「どんぐりと民主主義」という言葉、これこそグリーンアクティブの活動を象徴しています。僕は民主主義という言葉を、國分さんのおっしゃったのよりもう少し拡大して考えたいと思っています。

民主主義はギリシアではじまったわけですが、奴隷と女性は民主主義に入れなかった。実際にいまでも、「民衆」は、民主主義のなかに直接入り込めない。僕らがグリーンアクティブでやろうとしているのは、動物・植物も含めた全存在を巻き込んだ民主主義、拡張された民主主義をどうやって実現するかという試みです。

こんなふうに言うと「ジブリみたい」とにっこりされる方も多いと思います。だけど、これはとても戦闘的な考え方なんですよ。小平で運動をされている方たちは、玉川上水のまわりの森林と昆虫、鳥、そして動物を含めた全体の環境を守るというかたちで進めていきたいとおっしゃっています。これはまさに僕らが考えていることと合致します。

photo:加藤嘉六

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