どんぐりと民主主義 PART2
これからの住民自治のゆくえをめぐって
良い公共事業と悪い公共事業
中沢―― 昨年末の衆院選の前、オリンピック招致の問題もあり、東京都が凍結していた公共事業を解凍していくだろうという予測がありました。これは選挙前から公約にうたわれていたことですが、実際に選挙で自民党が圧勝したあと、公共事業を大々的に推し進めていくという政策が出されました。
公共事業そのものがダメという考え方を僕はしていません。景気を上に向かせ、不況から脱出していくために公共事業が少なからず必要だということは、間違いありません。公共事業を正しく行なえば、正しい雇用が生まれ、正しい経済循環が起こり、経済活性化につながるというのは、過去にも実例があります。
では、前の自民党政権のときに行なわれていた公共事業が、どうしてそうはならなかったのか。それは、大きな公共事業の多くが大手のゼネコンに与えられたからです。工事をやる人が決まっている。だから、公共事業をやればやるほど不要な道路・建物がつくられる一方で、経済は循環せず活性化しなかった。それで批判を浴びて、自民党は政権を失ったわけです。
今度の自民党政権は、いまのところそれとはちょっと違う側面をもっています。いまの金融緩和とも関係しますが、いわゆる不況脱出のための政策として、ケインズという経済学者が考えた方法をもう一回活用してみようという考え方をしている。しかし、この考え方は時代遅れの経済学だという人もいっぱいいます。
それというのも、いま世界中の経済を推し進めているのは、新自由主義という考え方だからです。これは、国が市場に介入することを否定して、あらゆる産業部門で民営化を進めていこうという考え方です。これがいま世界中で大きな影響力をもっています。グローバリズムは、ここから発生しています。
これまでの国が行なっていた、関税のようなさまざまな規制があります。これをぜんぶ取っ払っていこうというのが、新自由主義です。そうすると、資本が国境の枠を越えて自由に流れるし、労働力も外国へ自由に流れることができる。この考え方は、国家が市場に介入することをものすごく嫌う。たとえば公共事業についても、基本的には反対していくわけです。
自民党政権に戻って、デフレ脱却政策や公共事業政策をまた打ち出しています。彼らがもしも「良い公共事業」というものを実現できるとすると、経済の循環につながっていくはずです。ところが、いま小平で進められている公共事業は、悪い公共事業の典型だと思います。
日本では四〇年くらい前に大規模に公共事業が進められたんですが、当時つくられたものが老朽化しています。笹子トンネルの崩落事故は、まさにそれを象徴しています。つくるだけで、メンテナンスのための十分な予算をつけない。それによって、日本中の道路もトンネルも非常に危険な状況におかれている。
既存のものをメンテナンスしていくということが、新しい公共事業の中心になっていかなければいけない。新規の道路や新幹線の建設などは、抑えていく必要がある。小平の道路は典型的です。すぐとなりに府中街道が並行してあるのに新しい道路をつくると言っています。道路を通すには、土地を買収しなければいけません。予算としてだいたい二五〇億円が予定されていますが、このお金は経済活性化につながりません。地主さんにお金がわたって、そこで滞留してしまいます。このお金は「死に金」になってしまうでしょう。
もしもこの二五〇億円を府中街道のメンテナンスに注いだり、あるいはもっとよく考え抜かれた既存の道路の改修に振り分けていくとすると、私たちはこのお金をより有効に使うことができます。大手ゼネコンではなくて、地域で活動している土木・建築の方々にお金がまわっていくようにする。これは、良い公共事業ですね。
その点からすると、小平の3・2・8号線計画は、どう考えても良い公共事業ではない。たとえばこの運動の最初から主張されているように、玉川上水の景観をこわしてしまうことも重大な問題なんですね。
この小平の運動は小さな運動です。しかし、これから大きい意味を持っていくでしょう。私たちは日本で進められていく公共事業を監視していくシステムそのものをつくっていかなければいけないからです。議会に市民の意見を通していくシステムをつくっていくことをこれからはじめていく必要があるんです。
私たちが暮らす日本は、いままでの日本とはちょっと違う状況におかれています。私たちは、それに見合った市民の運動や民主主義の新しい結託をつくっていかなければいけません。小平の運動は、その第一歩になっていくだろうと僕は考えています。
今回、住民投票を求める署名活動に七〇〇〇筆を超える署名が集まったことに、ほんとうに感動しました。僕は小平住民ではありませんが、小平の市民に敬意を表します。ただ、むずかしい問題はこれからなんだと思いますが。
國分―― 府中街道が交通量のピークを迎えていた時期は既に過ぎています。府中街道を走るバスは二〇年ほど前にはいつも三〇分ぐらい遅れていたらしい。いまはそうじゃないんです。なのに府中街道自体がまったく整備されてこなかった。たとえば右折帯、左折帯をつくるということもなされていません。こうした状況でそれと並行して走る道路を新たにつくるというのは、ほんとうに理不尽な感じがします。
さて、続いて宮台真司さんにお話していただきたいと思います。宮台さんは日本を代表する社会学者として日本社会のいろいろな問題を根底から考え、さらにアクティビストとして活動されてきた。宮台さんは飯田哲也さんと一緒に『原発社会からの離脱――自然エネルギーと共同体自治に向けて』という本を出されています。その冒頭に、まさに3・2・8問題のことだなと思う言葉がありました。「日本社会は、技術的に合理的だとわかっていることを社会的に採用できないことで知られる」(笑)。思わず笑わずにはいられないのですが、しかし、これはほんとうにそうだなという気がします。
さきほど民主主義の話をしました。立法権にちょっとだけ参加でき、行政にはまったくアクセスできないというこの問題を考えるときにいちばん参考になったのが、実は宮台さんの言葉なんです。「民主主義は多数決だ」などというのはお粗末な理解である。民主主義は参加と自治だと、宮台さんはいろいろなところでおっしゃっています。
ご承知の方も多いと思いますが、宮台さんは「東京電力管内の原子力発電所の稼働に関する東京都民投票条例案」(原発都民投票)でご尽力されました。三〇万を超える都内の有権者からの署名が集まったんですが、それは都議会で一蹴されたわけですね。そのあたりの経験も踏まえて、宮台さんと一緒に、住民投票というものの意義について考えていけたらと思っています。
宮台―― まず、中沢さんがおっしゃったことを復習したいと思います。アベノミクスの第一の柱である金融緩和は、デフレ脱却には必要なんですね。そうしないと、実需が生じない。また、金融緩和によって円安・株高がかならず生じます。だからアベノミクスは、国際的な金融緩和を追い風として支持されているわけです。
金融緩和策は、公定歩合・市中金融に対する貸出利子の低下でなく、中央銀行(日銀)が国債や社債を買い上げ、市場にお金を渡すのが、今日のやり方です。これが国民の幸せにつながるには条件があります。もちろん企業は、社債などを買い上げてもらえば当座預金残高が積み増され、経営が楽になります。でも、そのお金をどこにまわすかが問題です。
日本を含めた先進諸国は、株主資本主義(株主の資本利益率を指標にして経営陣を評価する社会)になってしまったので、そのお金を従業員の給料にまわさずに、株式の配当にまわすインセンティブが強くなっています。つまり「お金持ちへの配分」に充ててしまうことになりがちなんですね。
金融緩和して企業の当座預金残高が積み増しになったあと、それを従業員の給与にまわすような取り組みができるか。安倍さんは「そういうふうにやってくれ」と言っていますが、経済団体には、かつての派遣労働者増大に見るように、従業員がどうであれ企業が生き残ることを優先する利権亡者も少なくないので、それができるかどうか。
アベノミクスの第二の柱、公共事業。需要不足をカバーするために、公共事業で市中からあれこれ買い上げる財政政策ですね。大規模に買い上げるので、短期的には、生産設備の稼働率が低くて遊休設備が存在するとか、失業率が高くて人が余っているなど、潜在成長率を使い尽くしていない状態を、使い尽くす状態に持っていくことができます。
ただ、財政政策は、既存の産業構造をいじらないまま、既得権益にじゃぶじゃぶお金をつける仕方ですから、当然ながら限界があります。第一に、財政的に限界がある。どの自治体のお財布も乏しいお金しかないので持続可能性がない。第二に、短期的に潜在成長率を使い尽くせるだけで、潜在成長率自体の増大には必ずしもつながらない。
重要なのは、一時的に達成された「痛みの緩和」を機会として、潜在成長率自体を伸ばすことです。これが一般に「産業構造改革」あるいは「構造改革」と呼ばれるものです。これは権益を大幅にシフトする荒療治ですから、一時的に失業率が増大します。だからデフレ不況下では無理です。そこで財政政策の一時的な「痛みの緩和」を利用するのです。
具体的には、どのみち新興国に追いつかれるような産業領域からは撤退し、新興国がそう簡単には追いつけないような高付加価値な産業領域にシフトしていくことです。一九九七年の京都議定書における欧州の積極的な環境政策は、新興国が動機をもちにくい部門で一挙に先行者の利得を獲得するためのものでもありました。
金融政策で、企業の当座預金残高の増大を、勤労者の所得上昇に結びつける施策がとれるか。財政政策で、設備稼働率の増大や失業率の減少を、産業構造改革に結びつける政策がとれるか。このふたつのうち後者がアベノミクスの第三の柱である成長戦略ですが、労働分配率の上昇も、産業構造改革も、権益シフトを伴うので、安倍首相の一存では無理です。
(photo:加藤嘉六)