どんぐりと民主主義—都道3・2・8号線問題から考える(4)

昨年12月8日に開催した中沢新一さんと國分功一郎さんのシンポジウム「どんぐりと民主主義──都道3・2・8号線問題から考える」の内容を毎日連載でご紹介しています。「動物と植物と民主主義と」の段落は長いので、二回に分けて公開します。今回は後半です。

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動物と植物と民主主義と〈後半〉

中沢(つづき):僕は、日本の伝統にはいくつかいいところがあるなと思っていて、その一つは民主主義の伝統があるということなんです。それは目に見えません。しかし、よく見えないんだけれども、確かにある。僕がいちばん日本型民主主義の伝統を感じるのは、里山です。

里山は、日本中にいっぱい作られているんですけれども、あれは動植物の利害を考えているんです。人間の利害だけでやるとしたら、あれは本当にまっ平らで余計な植物がない空間、つまり企業化された農業みたいな空間で、収益の高い耕地を作るってことになるはずです。つまり里山は動植物の要求を聞いて、動植物も同時にそこに暮らす空間をつくっている。こんなことを言ったら政治家に笑われるでしょうが、あれは日本型の民主主義の隠れた現れ方だなと思うのです。

ですから、よく「日本には民主主義の伝統がない」とか「民主主義はギリシャに端を発するヨーロッパのもの」なんて言い方がされるときがありますけど、僕は日本にも立派に民主主義があると思うんです。実際、政治の形態でも、鎌倉幕府なんかはそういうふうにやっていたみたいなんです。日本にもそういう民主主義の形態があるんですよ。

それは、いつも他の生きものとか存在のことを考えていること、その生きものたちの利害を、これから進めていくことにきちんと組み込んでいくということじゃないかなと僕は思っています。これがいま一番必要なことだと思うんですけど、それが人間の世界の中ですら出来ていない。特殊な利害を持った、経団連とか、経済界の力を持ったグループ、そういったものと庶民が求めているものとの間に交通路がないんですね。そして経団連の特殊利害を持った人たちには、政治家に十分に圧力を加え、影響を与えていくことができるようになっている。

たとえば原発をめぐって、日本人が昨年から大いに直面させられてきた問題はこれなんですね。経済界の特殊利害を持った人たちが政治に大きな影響を及ぼしてきていて、しかも自民党がまた与党に復帰していく時にどういうことが起こっていくかを読みながらやっている。それを背景にして自民党もかなり大胆に原発推進と言っている。自信があるんですね。

でもそれは特殊利害であって、日本人みんなが求めている共同利害なんかじゃない。それをはっきり見届けるような、意識の作り方をしていかないといけないんです。それができなければ僕らは、いつまでたったって、お金儲けしている海外の人たちの利害のために自分たちの生存の場所が利用されたり、侵されたりということになってしまう。
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國分:いくつも重要なお話をしていただきました。中沢さんは民主主義っていうときに、動植物のことも考えなきゃいけないって仰った。僕は中沢さんと自然哲学の話をしていたのに、まだ自分が人間中心主義だったなぁと反省しながら聞いておりました(笑)。

中沢:ギリシャの民主主義も、女と奴隷が入っていないでしょう。

國分:入っていないですね。

中沢:最初からそうなんですよ。だからいま一番問題にしなければならないのは、民衆と動植物が入っていない民主主義をどうするか、ということなんですね。

國分:中沢さんが仰ったことで僕がもう一つ重要だなと思ったのは、「お上が決めたことだから」という感覚の問題です。これはすごく悪い風土として日本にある。しかしそういう感覚が出てきてしまうのは決して自然なことではない。それはやはり自分たちの意見を表明していくルートが、構造的に、制度的に断たれてきたから出てきた感覚だと思います。住民投票というのは本当にかすかなルートなんですけれども、自分たちの意見をオフィシャルな仕方で政治に向けて表明できるのだということになれば、そうした感覚は変わっていくと思う。そして、そうやって少しずつ変わっていくことでしか、僕は日本の政治全体も変わらないと思う。

中沢:テレビも悪いなあと思うのは、民衆の意思を実際に政治を行っているところへ通すツールを作っていくためにどういう存在が必要かっていうことをちゃんとイメージ化しない。そのかわりに水戸黄門を出してくるんですよ。

水戸黄門が、つまり政治の中枢部から、気の利いたよく庶民の心がわかってくれている人が来て、伊勢屋のたくらみなんかが暴露されるという風になっている。日本人が政治のツールを作っていく時には、上から来る回路ばかりが取り上げられて、下から来る、下から開いていく回路がない。ヨーロッパでは、これはある程度出来ていたんですが。

國分:今、少なくとも日本の行政は、自分たちが決めたら、後は説明会だけやればいいと考えている。そもそも市役所としてはそれ以外の発想がない。「だって私たちもそれ以外のやり方をしらないんです」ということだと思う。だから、むしろこっちから、「いやいや住民の話を聞いて、こんなやり方で進めていけますよ」ってやり方を教えてあげないといけない。

僕の父親はもう定年退職しましたが、市役所に務めていて、しかも都市計画道路とか作っていたので、僕はなんとなく役所の人たちのそういう発想が分かるんですよ。ちなみに父親にこの道路の話をしたら、「まぁ、そういう反対運動とかあんまり関わるな」とか言われたんですけれど(笑)、その父親も府中街道を見たら、「こんなのは右折帯、左折帯つくればなんとでもなるよ」と言っていました。

府中街道は右折帯、左折帯つくるってことすらやっていない。府中街道と交差しているたかの街道の方には右折帯、左折帯があります。行政は府中街道の渋滞を解消したいなんてことを言ってるけど、本当に渋滞を解消したいなら、まずは府中街道の整備をすればいい。それと交差する道路の方は整備が多少ともされている。それすらしないということは、渋滞を解消するなんてことは口実に過ぎないということです。

(写真・加藤嘉六)

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