2016年4月24日第5回小平3・3・3号線予定地を歩く会(2016年4月24日 第5回)西武国分寺線東側~あかしあ通り交差部まで

2016年4月24日(日)、午前中の雨も止んでくもり、暑くもなく寒くもない一日、第五回目の小平3・3・3号線予定地を歩く会を行った。今回は何度も小平に来ていただいている江戸川大学の吉永明弘先生が環境倫理、環境工学を教えている仲間の先生を連れて来て下さったり、わざわざ狛江市から自転車で来てくれた方がいらしたりで、13名の参加となった。

4月25日締め切りの小平市都市計画マスタープラン改定中間まとめへの意見募集の直前ということもあり、小平都市計画マスタープランについて書いたブログについて説明してから歩いた。

コースは、西武国分寺線との交差部を見て、小川二丁目地域センター児童館、うちっぱなしゴルフ場から、小平警察署などを見て、中央公民館、小平市役所を経由して、学園東町、仲町の住宅地を見て、小平一中のテニスコート交差部を経由して、あかしあ通りに到着、3時間で終了した。

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西武国分寺線交差部東側から西武線を見る。写真の奥(西側)から手前(東側)に小平3・3・3は通る。西武国分寺線は単線で乗客が多いわけではない。アンダーパスにするのだろうか。

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小平3・2・8号線と小平3・3・3号線の交差部。小平3・2・8号線のための用地買収が進んでいる。

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小川町1丁目に残された貴重な畑が住宅地に変わる。短冊側地割と言われており、南北に細長く畑が残されていたが、住宅地として23区間に変わるようだ。一番北側(手前側)の区画は小平3・3・3予定地。予定地に住宅が建つと、将来、事業化時に買い上げる住宅が増えて、余計に公費がつかわれる。小平3・3・3は写真右側(西側)から、左側(東側)に抜けていく。

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たかの街道と府中街道交差点で神明宮のお祭りの八雲祭の御神輿と遭遇、交差点からたかの街道の北側にむかう御神輿。小平3・3・3は御神輿の先(写真奥)を東西(写真の左右)に交差

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小川二丁目地域センター兼児童館、歩く会では予定地に含まれると説明してしまったが、参加者が小平市に確認してくれたところ含まれないと判明。都市計画図を改めて見ると、建物に平行して手前にある駐輪場までが、予定地でした。小平3・3・3号線は左奥側(西側)から右手前側(東側)へ建物すれすれを通る予定

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小川二丁目ゴルフ場(打ちっぱなし)の小平警察署が左がに見え、その奥に、重なって見える建物が小平市役所。ふたつの建物の写真右側(南側)を手前側(西)から奥(東)に小平3・3・3号線は抜けていくルート

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小平市中央公民館北側の民具庫は写真右奥、写真左奥は小平市役所、正面に西武多摩湖線が見える。西武多摩湖線に交差する。西武多摩湖線は、乗客数が多いわけではない。高架になるとは思えないので、交差部はアンダーパスにするのか。

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学園東町と仲町の境界線。平安窪と呼ばれる窪地。ダイダラボッチの足跡だと参加者が教えてくれた。小平の短冊形地割の畑に見られる防砂林の役割を果たすお茶畑が東西に2箇所あるのがわかる。仲町、学園東町に残された数少ない畑。小平3・3・3は写真の茶畑の先を左右(東西)に横切るように通過する。

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ゆたか保育園。建物が斜めに階段状になっているが、建物の南側(写真右側)が予定地、庭園は予定地であり、大部分がなくなってしまう。

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小平1中の体育館の南側が予定地、写真左側の奥には1中テニスコートがあるが、小平3・3・3予定地になっている。体育館の建物は、斜めになっているが、この角度でちょうど小平3・3・3が通るようになっていて、体育館すれすれのところを小平3・3・3は写真の奥(西)から手前(東)に通る。

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学園東町の小さな公園。あかしあ通りの西側にはいったところにある小さな公園。砂場の上に藤棚があり、日陰をつくっている。写真手前側(北側が予定地)で、公園は小平3・3・3の予定地にあたらない。

今回は、小平を西から東に向かって歩いたが、小平は東が開発が進んでおりすこしずつ農地が少なくなっていることを説明しました。また仲町、学園東町では、西武が昭和初期に開拓したエリアの北側で区画整理が出来ておらず、短冊形地割の農地が宅地化してあまったところが道路になっていることなど説明。南北への移動はしやすく、たかの街道、学園東通りまたは、青梅街道には抜けられるが、東西は移動しづらいという話などをしたら、ブラタモリのようだと、参加者からもいろいろと教えてもらいました。

なお仲町、学園東町の小さな南北道路がたくさんある住宅地に、小平3・3・3が通るが、交差部に交差点をたくさんつくるわけにはいかないので、行き止まりになる路線が増え、近隣住民には小平3・3・3に出るには使い勝手はよい道にはならない。

参加者の主な意見は以下の通り

  • 反対運動でないやり方がいい。
  • 街歩きとしても興味深く楽しめる内容だった。短冊形地割は、貴重な都市農業としてわずかにのこっているが、土地の記憶といえるもの。
  • 都市計画道路は土地収用法の対象とはいえ、執行されることは事例は極めて少ない。都市計画道路の問題は、簡単には解決できる問題ではない。
  • 児童館や、中学校、子どもが遊ぶ公園などが削られることにならないようにしてもらいたい。(小川二丁目地域センター内の児童館はなくなりませんでした。間違った解説でした。失礼しました)
  • 開発と環境の問題。近代以前も人類は開発を繰り返してきた。玉川上水や農地開拓も江戸時代の開発だった。今だけのことを考えてはいけない。通時性、過去と現在と未来がつながっていることを考えないといけない。未来にどうあるべきなのか。
  • まちづくりにもっと市民が関心を持たないといけない。そう簡単に合意が得られるものではない。PDCAサイクルのような見方で、より良い街にしていかないといけない。
  • ブラタモリのようだった。歩く会とっても大事な取り組みだ。歴史の話、いまも土地の記憶となって残されている。
  • 都営団地はたくみに避けて作られていたのが印象的だった。
  • 土地のでこぼこ、地理などが好き。計画は住民の目線になっていないと思う。
  • ブラタモリのようなイベントとして、行い、小平3・3・3のことも知ってもらうようなやり方もあるのではないか。授業で街歩きはフィールドワークとして取り入れている。
  • 幼少期に過ごした街を歩いた。あれこれ語ることで、その価値が改めてわかった。市役所の東側のダイダラボッチの足跡、印象に残った。都市計画のあり方は、どうなのだろうか。
  • 計画は地形とあっていなかったりで、地図の上の検討であって現場を見てつくっている感じがしない。

大学の先生の参加が多かったこともあり、貴重な御意見がいろいろありましたが、”土地の記憶”というキーワードが頭に残りました。短冊形地割などの17世紀の農地の面影や、西武の別荘地開発の区間とその北側のエリアで区画整理されていない住宅地の差など、江戸時代から昭和初期の開発が“土地の記憶”として残っている。

なお次回第6回の歩く会は、あかしあ通りから西東京市境まで約4kmです。5月15日(日)13:30西武新宿線小平駅集合。16:30までとなります。どなたでもお気軽にご参加下さい。詳しくは http://wp.me/P2NeTa-1cs

(文責 神尾 直志)

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