昨年の11月に説明会が行われた小平3・4・10号線の費用対効果について「小平のまちづくりは今」のメニューに固定ページとして追加しました。2016年11月に行われた説明会の資料や、小平市に文書で質問して得た回答を元に、検証しています。
(文責 神尾 直志)
昨年の11月に説明会が行われた小平3・4・10号線の費用対効果について「小平のまちづくりは今」のメニューに固定ページとして追加しました。2016年11月に行われた説明会の資料や、小平市に文書で質問して得た回答を元に、検証しています。
(文責 神尾 直志)
2016年12月23日(金・祝日)、第12回目、定期開催は最終を迎える小平3・3・3号線予定地を歩く会を行った。定期開催としては最後の会、20名以上が参加、忘年会も行って無事に12回を締めることが出来た。
小平駅南口にて
学園東小通り、あかしあ通りの東側。小平3・3・3号線は、写真左側(北側の約70mほどの住宅地を通る)。写真右側は、大正時代に箱根土地(後、コクド、現在は、西武グループ)が、学園都市として開発分譲したエリア。区画がはっきりして道路碁盤の目に整備されている。
学園東通りから、北側の通りの小平3・3・3予定地側を見る。過去の地図をみると、こちらが開発されたのは昭和以降。細切れに畑が売られて残った部分が道路になっており行き止まり道路などが多い。最近でも小さく残された農地が宅地にかわっている。
回田通りと交差する小平3・3・3号線予定地。写真は二小の南側から回田通りの東側を見ている。小平3・3・3は、回田通りと交差しタクシー会社の駐車場を通っていく。
東たかの道が、ほぼ小平3・3・3の予定地とかさなっている。「郷土こだいら」小平市史別冊図録「近世の開発と村のくらし」などの記述によると、かつて、たかの街道とつながっていた記述がある。小平市の歴史講座の先生の話によれば、たかの街道はこのあたりの鷹狩りのエリアとして割り当てられていた尾張徳川家の鷹匠が通るみちだった。なお、東たかの道は、江戸時代の町の境界線でもあり、北側の野中新田善左衛門組と、南側の鈴木新田(現鈴木町)と呼ばれていた。
小平3・3・3号線予定地、小金井街道西側の駐輪場。小平3・3・3号線は、写真正面(東)から、写真手前(西)に通る。
小平グリーンロードの一部である多摩湖自転車道。ベンチの裏側のビニールハウスがあるあたりを小平3・3・3号線は、写真右側(西側)から、左側(東側)を通り、このベンチの東側で多摩湖自転車道と斜めに交差していく。
多摩湖自転車道。小平3・3・3号線は、写真の右手前側(西側)から、写真正面の送電塔の右側(東側)へ抜けていく。
石神井川。西東京市と小平市の境界線の断崖。石神井川の源流は、手前側(南)にある小金井カントリークラブ。小平3・3・3号線は、この写真の奥を、写真左(西)から、右(東)へ通る。断崖があるが、1963年当時の計画決定は、断崖のことを知っていたのだろうか。石神井川は、水が止まっており最近は大雨のときにしか流れない。小平市の歴史講座の先生の話では、小平団地をつくった際に地下水脈の流れがかわったため小金井カントリークラブの源流がとまったという説があると話を聞いたが、真偽はわからない。
出席者の主な意見は以下の通り
小平3・3・3号線予定地を歩く会の定期開催は終了となった。東京都の都市計画道路のこの10年の優先整備路線を決める第四次事業化計画が2016年3月に発表され、小平3・3・3号線の新小金井街道より西側が優先整備路線になることが見えたことがきっかけとなった。まちづくりに関心をもつ市民が増えて欲しいと思い、周知活動の目的として歩く会を始めた。小平市都市計画マスタープランは、2017年1月13日にパブリックコメントがおわり、3月に確定する。小平3・3・3号線は、東京都の上位計画ということで小平市の都市マスにも明記され、この10年間で事業化される可能性が出てきた。多摩湖自転車道との交差部や、鈴天・光が丘商店街と重なる部分など、少しでも良い形で検討されれば良いが、実際には大きな混乱をもたらすだろう。
さて、小平3・3・3号線予定地を歩く会を12回行って得たこと。多くの人に参加してもらい、関心を持ってくれた人は増えたと思う。しかし周知が進んだとは到底いえない。
一方、自分自身が得たことは大きい。小川町一丁目の西側にある社団福祉法人の黎明会。障害者、高齢者の施設や南台病院などを経営している。敷地内が予定地だったので初めて意識した。鈴木町にある二葉むさしが丘学園という児童養護施設は、その存在も知らなかった。タイガーマスク運動などで養護施設があることは意識にあったが、近くにあってもだれかに言われないとわからないものだ。予定地近くにあるため知ることができた。オープンカフェなど開放されている日もあるようなので、訪問してみたい。そのほかいろいろ地域をしるきっかけになった。小平の歴史、参加者からリクエストがあって勉強したが小平市史などを読み、いろいろ学ぶきっかけになった。道ができた経緯など、小平市の歴史を学ぶことで知るきっかけになった。都市計画道路は、その歴史も全く意識していないと思われる点が多々あり、改めて計画に問題を感じる。
今後は非定期開催で、参加希望者がいれば実施したい。また、西東京3・3・3号線の予定地を歩く会も企画したいが、住宅地図の入手から大変で時期は未定。
次回の歩く会は未定であるが、いつか開催するとき予定地でお会いしましょう。(文責 神尾 直志)
2016年11月13日(日)、11月にしては暖かい日、第11回目の小平3・3・3号線予定地を歩く会を行った。今回は、中部地区の最後の会、14名が参加。今回は20代学生が2名参加してくれた。
小平市の都市計画マスタープランの見直しの状況や、歩く会のゴールから近い、小平駅北口再開発について建設新聞(2016年8月23日)の内容などを説明しました。
西武国分寺線との交差部。小平3・3・3と交差する。小平3・3・3は写真奥(西)から手前(東)へ通る。
小川町1丁目。閑静な住宅街と畑が共存する場所。南側(右側)の道路から北側(左側)畑が予定地、手前(西側)から、奥(東側)へ小平3・3・3は通る。
小平3・3・3(写真手前(西)から、奥(東)へ)と小平3・2・8(写真右(南側)から左(北側))の交差するところ。小平3・2・8の用地買収がかなり進んでいる。
小川2丁目地域センター(写真右奥)の手前側(南側)の小さなグラウンド。このエリアと、小川2丁目地域センターの駐輪場までが小平3・3・3予定地。写真左側(西)から右側(東)へ小平3・3・3は通る。参加者から、この写真の左側にある15小が南北に分断されるので北側からのアクセスが悪くなるのではという意見が出ていた。
小川二丁目の小平都市計画公園(3・3・1 鎌倉公園)。小平3・3・3の予定地は左側(北側)の2階建ての建物を含む写真手前(西)から、写真奥のゴルフ場(東)へ抜ける。打ちっ放しゴルフ場のほぼ中央を通る。なお、2016年度に見直し中の都市計画マスタープラン改定案(第11回小平市都市計画マスタープラン見直し検討委員会の議事資料)には、「小平らしい農を身近に感じる農業公園として小平都市計画公園(3・3・1 鎌倉公園)の整備を検討するなど、訪れたくなる魅力的なまちづくりを進めます。また、公園整備にあたっては、隣接する新五日市街道線(小平 3・3・3 号線)の一部区間などの周辺の基盤整備も検討し、青梅街道駅周辺との回遊性を高めるまちづくりのあり方を検討するなかで、健康増進にもつながるまちづくりを進めます。」と記載。農業公園をつくるが、小平3・3・3号線をつくらせろ、というように読める。農業公園と、28mの大型道路、全くなじまないものを同時につくろうとしているので説明が意味不明になっている。東京都からの要請が強く、小平市が応えているのだろうか。東京都の第四次整備計画でも、このあたりは向こう10年で建設が予定される優先整備路線ではない。残された農地に、少なくてもこの10年では必要のない小平3・3・3をつくることは市民に説明が出来る予算の使い方だろうか。
小平市役所南側の雑木林、ここも小平3・3・3号線の予定地。小さな空間であるが市役所を訪れる市民や、市の職員の憩いの場だ。写真右(東)から、左(西)へ小平3・3・3号線は通る。道路が出来れば小さな雑木林もなくなってしまう。
小平市役所の東側、素敵な井戸が。この写真は小平3・3・3の予定地ではない。この住宅街の奥(北側)に左側(西)から、右側(東)へ小平3・3・3は通る。
静かな住宅街の路地が小平3・3・3の予定地。写真の奥(東)のコンクリートの建物が小平市役所。市役所南側の写真奥(南側)から写真手前(東側)へ、小平3・3・3は通る。
ユタカ保育園の西側の予定地。左側(北側)の駐車場の一部から、路地、右側(南側)の住宅、ユタカ保育園の園庭が小平3・3・3予定地になっている。小平3・3・3は写真手前(西側)から奥へ(東側)を通る。
ユタカ保育園の園庭、道具、遊具など。写真手前(西側)から写真奥(東側)へ小平3・3・3号線は通る。
学園東町の素敵な住宅。小平3・3・3の予定地ではない。小平3・3・3は写真の左側(北側)。学園東町には庭がひろくて、素敵なお宅がいくつか見られる。
8の字に見える遊具があることから、8の字公園と地元では呼ばれていると参加者が教えてくれた。小平1中の南側の小平3・3・3予定地。こども達の集合場所になっているそうだ。8の字公園の右側(北側)半分が小平3・3・3の予定地。写真の右奥(西側)から、左手前(東側)を小平3・3・3は通る。
あかしあ通り西側にある公園でブリーフィングして歩く会は終了。小平3・3・3号線は、公園のブランコ奥(北側)を写真左(西)から右(東)へ通る。
参加者からの意見は以下の通り。
小平3・3・3の予定地を歩く会は、小平都市計画マスタープランに、市民の意見が多く出るようにと思ってはじめたが、次回、12月23日(祝日)で月一定例開催は最後の会となります。是非ご参加下さい。
12月23日(祝日) 13:30 小平駅改札集合、あかしあ通りから、小平グリーンロード東側西東京市境までを歩きます。くらしくはこちら
なお、第11回小平市都市計画マスタープラン見直し検討委員会の議事資料には、すでに小平都市計画マスタープランの改定案が出ている。12月中旬から、意見募集が始まるので、参加した皆さんは、市民の目線での意見を、積極的に小平市に出してもらいたく御願いします。
(文責 神尾 直志)
2016年10月16日 日曜日、だいぶ涼しくなった秋の曇り空の中、小平3・3・3号線の第10回目の予定を歩く会を行った。このルートも4回目で、最終回。参加者13名参加、今回で3ルートを完歩した参加者もあり、ようやく完成した、完歩証を用意して望んだ。
国分寺線西側の畑を見て、たかの街道を西に移動して、創価グラウンドの北側、五中の北側を通り、工事が進んでいる武蔵野美術大学のキャンパスなどを見て、介護老人保険施設の黎明会の敷地を通り、住宅街、いなげやの裏を通り、小川用水、彫刻の谷緑道、都営中島アパート南側、新堀用水の胎内堀出口、玉川上水緑道交差部を見て、3.5時間で終了。皆様お疲れ様でした。
国分寺線の西側の畑。予定地。小平3・3・3号線は写真手前(東)から奥(西)へ通る。東側在住出席者が西側の農地の広さに驚いていた。小平はも東と西は違う。大きな農地も小平3・3・3で南北に分断される。
五中の北側の予定地。集合住宅が予定地。小平3・3・3号線は写真手前(東)から奥(西)へ通る。この写真の左(南)にある農家ショップの方とお話ししたが、小平3・3・3号線早く出来た方が良いという御意見。農家の方、都市計画道路に肯定的な人、何回か聞いたことがある。
小川一丁目地域センター(児童館)の南側の公園にある小川一丁目土地区画整理事業のオブジェ。武蔵野美術大学が制作のようだ。
小平3・3・3号線をキャンパスを通すことで獲得した武蔵野美術大学の北側のグラウンド
武蔵野美術大学西側から見た、小平3・3・3号線のキャンパス内の工事の様子。道路沿いの樹木はもともと予定にあったものを移植したそうだ。優先整備路線にもなっていないエリアで小平3・3・3ができるとしても20年以上先の話だ。この時期に、このエリアの工事をすることで約24億円の東京都の予算を使うことは税金の無駄使いだと思う。地元の利便性向上というには高すぎる。詳しくはこちら
小平3・3・3予定地の送電塔。何度見ても大きい。ある人が言っていたが、送電塔の移動は、移動先を先につくって解体するという方法で、行われることがあるらしい。
黎明会の左側(南)の寮と右側(北)の施設の間の駐車場を写真手前(東)から奥(西)へ通る。予定地を歩く会を開催しない限り、この地に入ることはなかった。小平に、養護学校や、黎明会のような福祉施設があることを知った。自分としても大変勉強になった。南台病院も黎明会の施設であることも知った。
歴史ある施設ということを、参加者が言っていたので、黎明会ホームページを見ると以下のヒストリーが。
昭和20年、黎明会初期の建物。東京都台東区池之端七軒町において、私設社会事業団体厚生会館として発足。戦災者、引揚者、浮浪児等を収容・保護する活動を開始。
昭和22年、財団法人厚生会館に改組。以降、生活保護法の更生施設、宿泊提供施設、救護施設、診療施設、宿泊所などを設置運営する
昭和32年、小平市小川町に12,000㎡の土地を取得(その後拡張を図り現在は18,405㎡)。救護施設「黎明寮」を開設し、救護施設対象者を移転。第二種社会福祉事業無料低額診療施設「南台病院」(旧黎明会診療所)を開設
戦後の戦災者、引揚者、浮浪児の受入を行ってきた施設がルーツが施設とは、全く知らなかった。
黎明会を西側に抜けて、ガーデンハイツの前を西側に歩く参加者。この路地は予定地にかかっていない。小平3・3・3号線は、写真左側(南側)の住宅街をこの道路に平行して手前(東側)から奥(西側)へ通る。
彫刻の谷緑道。彫刻があるから彫刻の谷緑道だそうだ。知らなかった。彫刻は目立たない。この写真の左(東側)に立川通りから、小平3・4・24(小川橋から東大和駅を結ぶ通り)の間の区間の小平3・3・3は、事業認可がおりている。彫刻の谷緑道は暗渠になる。
小平3・4・24(小川橋から東大和駅を結ぶ通り)を越えて中島町へ。小平3・3・3号線は写真手前(東)から奥(西)へ通る。右側(北)の東京靴流通センターの建物と、左側(南)のドラックストアの駐車場を通る。
新堀用水、胎内堀から出てくる歴史的遺構。小平市により護岸工事が行われる予定で検討されている。詳しくは、第7回の歩く会の解説を見て欲しい。こちらは小平3・3・3の予定地ではない。
西中島橋を渡り、立川側に出て歩く会は終了。だいぶ日が短くなった。
完歩証2名に発行。喜んでもらえたので良かった。
参加者の意見は以下の通り。
今回で、西側ルートの定期開催は最後の会となった。4回目も参加者がまずまず多かったので良かった。小平市の都市計画マスタープランの改定年度ということもあって、小平3・3・3号線の予定地を歩く会を企画した。10回が終わった。都市マスはほぼ案ができあがり、予定通り東京都や小平市のやりたい開発計画が載るという内容になっているが、少しでも市民が意見を出すことで、市民参加型のマスタープランに近づいて欲しいと思う。
次回は、中央部で、11/13(日)13:30集合で、西武国分寺線鷹の台駅から、あかしあ通りまでを歩きます。中央部の定期開催も最終回になります。是非ご参加下さい。
(文責 神尾直志)
2016年5月15日 日曜日、よく晴れていて風もなく天候にも恵まれ、小平3・3・3号線の第六回目の予定を歩く会を行った。参加者9名。
学園東小通りの北側の住宅街や、小平2小の南側の敷地や学童保育部分、あけぼのパンとパンピー食品の南側を通り、東京都の第四次事業化計画で、優先整備路線に指定された新小金井街道から、鈴天通り商店街、光が丘商店街、新しく出来た旧NTT宿舎の跡地のマンション、駐輪場、花小金井南口の既設部分を経由して、小平グリーンロードの一部である多摩湖自転車道と重なる部分を通り、西東京市境まで3時間半ほどで終了した。
学園東小通りを北側に入った部分の空き地の予定地。東(写真左)にも、西(写真右)にも、新しく住宅が建てられている。学園東小通りの北側の路地は、行き止まりが多い。行き止まりなので、子どもの遊び場としてはよかっただろう。住宅が増えれば増えるほど用地買収にかかる公金は増える。小平3・3・3は左から右へ東西に通る。
小平2小の南側にある学童保育、小平3・3・3の予定地。手前に見える車道は回田道。小平2小のグランドはかなり小さくなる。小平333は、写真左奥(西)から手前右(東)に抜けていく。
新小金井街道を西に渡って、鈴天商店街の北側へ。小平3・3・3予定地の土地が、住宅用に販売されようとしている。小平3・3・3は西(左)から東(右)へ。
小平3中の鈴天通りを挟んで北側の小平3・3・3号線の予定地に、送電塔が予定地にある。どちらに移転するのか。小平の西側にも同じような箇所がある。ざさんな計画、またはずさんな調整としか言いようがない。
光が丘商店街通りから北側の路地に入ったところにある空き地には、既に東京都が持っている土地が。道路予定地と(財)東京都道路整備保全公社の看板。
和菓子屋さんでお団子を買って休憩。60円とリーズナブルでとてもおいかった。
光が丘商店街から南側にはいったところにある農地。遠くに見える大きなビルとビルの間を小平3・3・3が通る。写真の農地は予定地ではない、写真の左側(北)を小平3・3・3が写真手前(西)から奥(東)へ通る。
小金井街道と面する小平3・3・3の予定地にある東京都から小平市が借りて、無料自転車駐輪場として開放している。ほかの小平市の駅付近にある市の駐輪場と異なり無料で貸し出しているが管理されていない。自転車がぎゅうぎゅうに押し込まれている。小平3・3・3は、写真奥(西)から写真手前(東)に。写真左(南側)の住宅との境界が、小平3・3・3の南側の端になっている。
花小金井駅南口にある小平3・3・3の既設部分。駅への最短距離に横断歩道がないが、車も多いわけではないので、最短距離をバイパスして通る人が少なくない。危険だ。歩行者に考慮した設計には出来なかったのか?
多摩湖自転車道から撮影。多摩湖自転車道の南側の農地の小平3・3・3予定地。小平3・3・3は写真右奥(西)から、写真左手前(東)に抜けて、多摩湖自転車道と200m以上交差する。
多摩湖自転車道と、小平3・3・3が重なる部分。写真右の手前から左の奥へと200m以上、多摩湖自転車道の重なっている。一案として、多摩湖自転車道を写真右側(西)に移動して、小平3・3・3と平行に通して、交差部を最小にすることが考えられる。小平市が東京都と調整しないといけない問題だ。この課題は、現在改定が行われている小平市都市計画マスタープランに記載されるべきだ。
多摩湖自転車道の北側の予定地。28区画、一区画約36坪の建売住宅、予定販売価格帯4,900万円~で販売中のチラシがおいてあった。チラシには小平3・3・3予定地であることは記載されていないが、販売するときには都市計画法第53条に基づき、不動産屋から伝えられるはずだ。写真手前の住宅が小平3・3・3予定地。このエリアも向こう10年で事業化が予定されている優先整備路線である。住宅が予定地に建てられると、用地買収にかかる費用は上がっていく。
多摩湖自転車道と小平3・3・3が重なる部分はここまで。右側は鈴木街道。写真右奥に見えるのがお風呂の王様。小平3・3・3は写真左奥にそれていく。
小平3・3・3予定地を歩く会、西東京市境で終了。こちらは小平3・3・3予定地より南側にある、石神井川を撮影。石神井川は、小平市花小金井南町にあるゴルフ場、小金井カントリー倶楽部の西側に源流があるらしい。西東京市芝久保町という地名、窪地(くぼち)になっているから、芝久保(しばくぼ)という地名なのではないか?とディープな話題になった。
今回は、光が丘商店街の小平3・3・3予定地にある1件のお店にインタービューできた。優先整備路線になったことはご存じだった。2-3年先なら、移転先で継続するかも知れないが10年先ならもうお店をやめるとのことだった。予定地に住んでお店をやっている方は、それぞれいろんなお考えがありそうだ。移転してもお店をつづけたい、移転を機にお店をやめたい、時期によっては継続したい、もしくは、引退したい。商店街も高齢化が進んでいる。共通しているのは、いつ事業化が始まるのか?予定を知りたいと言うことのようだ。
H28年1月28日に行われた小平市都市計画マスタープラン全体構想特別委員会で、都市計画部長が小平3・3・3号線に対しては、以下の説明をしている。「道路ができたときの周辺の町をどうするか、それはまさに小平市の問題でございますので、地域をどうつくっていくか、具体でいいますと、今、商店街をちょうどまたぐような部分がございます。そこがなくなったときに、周辺の商店をどのように再整備するのか、しないのか。実際には住宅が張りついていますから、急に住宅を除いて商店を建てるのは難しい面もありますが、そこは地域に入っていって、いろんな声を聞いて、まちづくりをしっかり進めていきたいと考えてございます」。小平市は、商店街がなくなってしまうことを認識している。しっかり周知を行い、沿道のまちづくりについて、予定地周辺の住民にしっかり意見を聞いて、まちづくりに反映していって頂きたい。沿道のまちづくりについて、改訂中の都市計画マスタープランの改訂に記載すべき内容である。
小平市の商店数は都市計画マスタープラン中間まとめのP7(下図)によると年々減少している。売り場面積は若干増加している。個人商店が減って、大型店舗が増えていることを意味している。鈴天商店街と光が丘商店街の大部分がなくなったら、商店数は大きく減るだろう。
参加者の主な意見は以下の通り。
これで、小平3・3・3号線を歩く会も2巡した。6月から3巡目に入る。これから参加者を集めていくのが大変になるが、皆様の参加をお待ちしております。次回は6月12日、19日、26日、のうち1日を予定している。鷹の台駅13:30集合で、中島町の玉川上水交差部まで。
(文責 神尾 直志)