住民投票のこれまでとこれから(その2)

パネルディスカッション

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國分功一郎氏(高崎経済大学准教授)

小平市の住民投票の結果が、インターネット調査報告として報告されたことに感謝  國分氏

自分は大学で哲学を教えている。2007年から小平市在住。最初住んでいたのは都営住宅。雑木林の前、道路予定地の前に住んでいた。住んでいる当時は雑木林がありがたいとは思わなかった。休憩したり、遊んでいる人たちを見ていた。あるとき林をつっきる道路計画があることを知ったが、多くの人が反対していることを知っていたので、どうせ出来ないだろうと高をくくっていた。しかし、どれだけ反対があろうとも、最終的には住民をブルドーザーでどかすことも出来る権利が行政に与えられていることを知った。東京都主催の説明会に行った。質問は1回に制限され、都からの回答に対して応答出来ない。自分の専門は政治哲学だが、自分は日本の民主主義の現状について何もわかっていなかったことを思い知った。

昨年投票用紙が燃やされた。燃やしてしまった、ということは、もう神様にしか投票結果がわからなくなったということ。歴史的な遺跡を壊して更地にしてしまうのと同じ。強く糾弾したい。ところが、二度と中身を知ることが出来ないと思っていたら、インターネット調査によって中身を推定したという福地さんの論文を知った。論文はわかりやすく読みやすいものだった。福地さんの論文に、何点か補足したい。

福地さん自身も、アンケートをやった株式会社マクロミルも、住民運動と無関係であり、その意味でこのアンケートには信頼を置くことができる。このインターネット調査では投票率43.38%、実際には35.17%。確かに現実とのズレはある。しかし、何より重要なのは、「投票しても不成立になるから投票しなかった」という人が34%もいたことを明らかにした点。これだけで既に、50%成立要件の問題が明らかになったと言える。また調査結果から、見直しすべきが過半数をとっていただろうということも分かった。福地さんのシミュレーションによれば、投票箱の中身のうち3万3千人の人が「見直し必要」に投票したと推定できる。つまり64%が「見直し必要」の意見。ここからはまた、「見直しは必要ない」という道路賛成派の人も、それなりの数が投票したことが分かった。これは感動的な事実。

得票率を計算してみると、小平住民投票での得票率は全有権者の1/3を越える、あるいは1/4を越えると推定出来る。これは相当な数字であって、得票率が、1/4を越えたら結果を尊重しなければならないという条例が、市議会で通せたら良かったな、と思った。また、どういうふうに計算しても「見直し必要」が過半数は越えたはず。その意味で、住民投票をなかったことにしたかった小平市が、後から50%成立要件を付してきたことは有効な戦略だったと言わざるをえない。もし成立要件がなければ、見直しが1/2を越えただろう。

住民投票を行うにあたり、投票率を成立要件とすることの問題点はもはや明らか。ただ、住民投票に何らかの数的ハードルを設けることは必要。その意味で、どの選択肢が全有権者のうちのどれだけの数を獲得したかを示す得票率をそのハードルとすることがよいと考える。

もう1点、最後に指摘したいのは、今回の調査で、住民投票が終わって2年が経過しても8割(78.3%)の人が開票すべきだと回答したという事実。もちろん、これをもとに開票すべきだと言っても良い。ただ、開票は原理原則の問題。仮に開票すべきだと言う人が一人しかいなくても開票はするべき。

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武田真一郎氏(成蹊大学大学院教授)

 

2000年の吉野川可動堰の住民投票で初めて投票率50%成立要件が適用された 武田氏

昨年12月の集会で、票の焼却処分は市民の意見をゴミとして扱うことだと怒りを表明したのだが、國分先生は小平市民だけあって怒りの度合いが違うと感じた。

徳島大学にいたとき、吉野川に可動堰をつくることに対して、住民投票を行った。そのとき世話人をやった経験から、住民投票の専門家のように言われている。実は吉野川住民投票で投票率50%の成立要件が始まった。地方自治法に基づく直接請求で、1/50の有権者の署名を集めて市議会で可決されれば住民投票ができるのだが、あの時は1/50ではなくリコールが出来る1/3の署名を集めよう、そうすればまじめに審議するだろうと考えて運動を始めた。ところが、101,535 (48.5%)の人が署名したのに議会が否決した。市議会は市民の意見を反映させるためにあると学校で習うが、あれは嘘。

1月に否決されて、4月に市議会選挙があった。市民はみな怒っていた。候補者も住民投票に反対するとまずいと思ったらしく、市議会のある会派が、可動堰はつくるべきであるが住民投票には賛成だと言っていた。選挙が終わって、住民投票賛成派が過半数を占めた。ところが、その後、住民投票をやろうとしたところ、ぐずぐず言い出した。独自のアンケートをしたところ市民が判断するだけの知識がないと主張しはじめた。市民の住民投票条例はけしからんとなり、ケチをつけてきた。改正案を飲むなら賛成すると言い出した。

①50%成立要件をつけること。但し不成立の場合、開票するかしないかは決まっていなかった。②投票運動、個別訪問禁止。罰則をつける、という案が出された。向こう側には、この条例なら共産党が反対するだろうという思惑もあった。ところが大同団結してこれを受け容れ、市民の側がこれらの条件を飲んだので住民投票は実施された。こうして、50%成立要件が日本で最初に導入された。可動堰への反対が多数を占めることが明白だったので、住民投票を成立しにくくして、市民の意見を明らかにならないようにすることが50%成立要件の目的だった。詳しくは、拙著『吉野川住民投票──市民参加のレシピ』(東信堂)を読んで欲しい。

元逗子市長の富野暉一郎さんが50%成立要件について、住民投票の目的と違うと言っている。住民投票は問題について皆で議論し、賛成なのか、反対なのか、市民が一票を投じることに意味がある。50%成立要件が出来てしまうと、負けそうな方は、住民投票に行くな、ということになってしまう。本来議論しなければいけない焦点の賛否を議論しなくなり、議論が深まらなくなってしまうので、住民投票の目的に反しているということだ。

建設省、いまの国土交通省で河川局官僚だった宮本博司さんという方は、長良川河口堰の問題で多くの人が反対した河川行政のあり方を変えないといけないと痛感した。大阪府の淀川ではきちんと計画を決めたいと本省にお伺いを立てた。流域委員会の人選からきちんと行い、審議委員会をつくった。審議委員会で、淀川にはこれ以上ダムは不要だろうというまとめになりかけたところ、本省から「ちょっと待った」がかかった。そのうち、「あの淀川の委員会はけしからん」と本省の態度が明らかに変わっていった。日本の役所は情報を出したがらない。何故かというと、自分たちの決めたことを変えたくないから、と言うことにつきる。市民の意見を聞いて見直すということを考えたくもない。だから情報を出したくない。多くの人がダムは要らないと思っているわけだが、その民意がはっきりしてしまうと思われたから、本省はこれをつぶしにかかった。

何故、50%成立要件をつくったか? 住民の意見を聞きたくないから。役所から見ると、住民投票は目の上のたんこぶ。ある問題について住民の生の意見がはっきり出てしまう。選挙は人を選んでいるから、個別の政策についての民意はわからない。民主主義は私たちの意見を政治や行政に反映させるためにあるのに、実際に、行政や政治に携わっている人たちは自分たちの好きなようにやりたいと思っている。小平のこの問題を通して、本当の民主主義とは何か、国民の意見を行政に反映して行くにはどうしたら良いかを考えて行くべきだ。

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卯月盛夫氏(早稲田大学社会科学総合学術院教授)

戦後日本と同じスタート地点にいたドイツ、ドイツの住民投票の歴史 卯月氏

ドイツの都市計画のことを調査していた。敗戦して、アメリカは日本とドイツに民主主義をやれと言った。スタートは同じだったのだと思う。ドイツは民主主義の先進国ではない。しかし日本は戦後ドイツと同じスタート地点にいたことを考えると、ドイツに学ぶべき点があると思っている。1955年バーデンヴュルテンベルク州(南の西の角)で、初めて住民投票の条例をつくった。スイスに近いのでスイスの影響を受けたと言われている。スイスは世界でもっとも直接民主主義を謳っており、住民投票ももっとも多い。月に2回、場合によっては週の1回のペースでやることもあり、駅でも、コンビニでも投票できるようになっている。「多すぎる、そこまで聞くな」と言われているくらい(笑)。

1955年このバーデンヴュルテンベルク州の住民投票制度がドイツで初めて出来て、投票率50%成立要件が採用された。その当時の経緯の文章を見ると、住民投票が乱用されて議会制民主主義が形骸化されるという危惧から高めのハードルを設置したと書かれている。しかし20年間、あまり実施されずあるいは不成立で住民投票制度が形骸化され、1975年に「全有権者の30%絶対得票率」に州の法律が変更になった。その後、ほとんどの州で法律になり、旧東ドイツにある州も同じように住民投票法を設けるようになった。絶対得票率30%が1州、25%が7州、20%が3州、10%というところも1州ある。人口規模によって10-20%のように得票率が変わる州もある。バイエルン州(南の東側、ミュンヘンがある)では、人口5万人までの市では20%だが、人口規模10万人までは15%、人口規模10万人以上では10%と定めている。ミュンヘン市は人口130万人だが、ミュンヘンの事例で絶対得票率11%の住民投票で計画が見直された例もある。ドイツの南側の方が、スイスの影響を受けて、住民投票が実施されやすくなっている。

住民投票結果の有効期限という点も重要。人口規模が大きい市では、絶対得票率を10%と低くする代わりに、住民投票結果の有効期限を1年間と短くしている点が特徴である。全部は調べていないが、絶対得票率の敷居が30%と高い市では、有効期限を3年と長く設定している。絶対得票率と有効期限はなんらかの関係があると考えているようだ。1956年~2013年まで、5,354件の住民投票を求める住民請求数の運動があった。住民投票に至らなかったものも含まれている。このうち約40%がバイエルン州で実施されている。さらに1995年にバイエルン州がハードルを下げているのだが、2003年から2013年までの10年間で全国の約半分がバイエルン州での運動である。この10年で確実に住民投票の実施例も増えてきた。ハードルを下げたバイエルン州が全体の40%を占めている。ハードルを下げたことで住民投票を求める運動と実施例が増えた。

住民が署名活動をする住民請求は、各州法によって、そのたびに許可できるか、不許可かが判断される。28%が不許可になっている。その最大の理由は、署名数の不足。日本は1/50。ドイツ各州のデータを見ると、日本と同じ2%のところもあるが、10%のところもある。ドイツの方が、住民投票を求める署名数のハードルは高い。それだけ、住民投票の結果を重要視するということ。

二番目の不許可の理由は、テーマが不適切であること。最近では、モスクの建設に反対して、景観の問題を理由に住民投票を求める例が見られるが、私の知っている限りそのような住民投票は全て不許可になっている。何故かというと人権に係わる問題だから。景観的には、実施してもいいのかなとも思うが。

ドイツの州では、地区計画という非常に詳細な計画に基づいて建設許可がなされる。地区計画には合致するがこの地区にふさわしくないという規定がある地区も多いが、地区計画によって住民投票が不許可になることもある。さらには、市長や議会がつくろうとしていない施設を住民が要望する場合、費用調達提案と言って、どのくらいの費用がかかり、どのように調達するかを含めて、住民が提案する必要があるのだが、費用調達提案が不十分であることが理由で不許可となることが15%もある。住民投票の準備活動をしている中で、議会が住民意向に沿った決議をすることで実施されず不許可となることも13%ほどある。実施された住民投票のうち、約20%が議会、議長が請求したものになっている。また、表向きは住民請求の形をとっていても、ある議会内の党派の援助で裏で行われている場合もある。数字になりにくいが、1/3くらいは議会のイニシアティブのようで、そのあたりを勘案すると、全体の約25%程度は議会が絡んでいる住民投票と言うことができる。議会請求の住民投票もバイエルン州が多い。

スイスの法律では、ある特定の内容については必ず住民投票に問わないといけないと書かれているものもある。スイスでは意向調査やアンケートのようなものではなくて、法律に基づいた義務としての住民投票が増えている。住民が住民投票を求めて署名活動をしている中で、逆に議会が、著名活動を求める住民と逆の立場で先に住民投票を行ってしまう例や、より議論を活発にしたい、住民に直接決めさせた方が良いという理由から、議会請求で住民投票が行われることもある。住民投票が実施され、住民の意向通りになったケースと、ならなかったケースがある。どちらの結果になっても、行政と住民がさらに議論を深めているという動きがドイツにはある。住民投票の後、住民と行政が話し合いの場をもって、新たな政策決定をしているかが重要である。小平の例は、悲しい怒りの結果になったが、この状況を踏まえて、どのように話し合いの場を設けていくかに焦点を当てていくべきだと思う。

市民の総意形成という目的に矛盾した投票率50%要件 福地氏

小林市長が記者会見で述べた意見ですが、「50%を越えれば、誰が見ても市民の総意、小平市の総意として扱うわけですから、特定の団体や特定の意志を持った人たちが投票行為をしたというよりは、代表した意見として扱うべき。その逆の場合は、開票した場合、扱われ方に問題がある」と述べている。50%を越えれば、市民の総意として扱うと断じているわけだが、調査結果の通り、投票しなかった人の28%が投票ボイコット、34%が投票ギブアップをしている。これは小林市長が言った市民の総意形成という目的と矛盾している。むしろ成立要件が総意の形成を阻んでいる。

所沢の事例を紹介したい。小中学校へのクーラー設置の是非を問う住民投票だった。投票率は31%で尊重要件には満たなかった。ところが、住民投票の後に行われた市長選で、4人のうち3人が小中学校のクーラー設置を公約としていた。住民投票の影響の大きさを感じた。住民投票が終わった後に、市民がどんなアクションを起こしていくのかに興味があるので、これからも研究していきたいと思う。

住民投票の後に、行政と住民は関係を深めるべき 國分氏

卯月先生の話にもあったが、住民投票の後に、住民と行政が関係を深めていったのかという論点が大変重要。どういうインパクトを様々な領域にもたらしたのかという論点は重要だと思う。

以下、その3に続く