どんぐりと民主主義 PART2(7)

包摂というやり方

宮台―― 重要な質問です。二〇一一年に世田谷区に保坂展人区長が誕生したのは青天の霹靂でした。僕は推薦人だったんですが、まさかと思いました。保坂さんから電話がかかってきて「そういうわけだからブレーンになってね」と言われて、一瞬まずいことになったなと思いましたが(笑)、すぐに思い直しました。

僕は、保坂さんが衆議院議員だった頃から親しくさせていただき、保坂さんから司法委員会に参考人として何度か呼ばれて、共謀罪新設や出会い系サイト規制法案などの問題について保坂さんと相談しながら発言してきた経緯があります。そこで目撃した保坂さんの特徴的なやり方が、〈包摂〉なんです。

保坂さんは自民党議員とも仲が良いので、保坂さんと知り合うと自民党議員と次々に仲良くなっていける。これはよく考えられた戦略です。従来と違った主張で区長などに当選すると、たいてい人事に手をつけます。橋下徹大阪市長もそう。保坂さんはすべて留任。世田谷電力につながる太陽光パネルの公社も前副区長を就けた。

いわば全方位戦略です。さっき一部紹介しましたが、商工会議所やJCやJAの人たちにも「私はとにかく、みなさんが儲かるようにしたい」「太陽光パネルや壁面緑化といった目に見える変化で、世田谷はこういうところだとブランディングできます」という話を丹念にし、脱原発を打ち出すことによる分断を回避するわけです。

かくして、できるだけ敵をつくらず〈包摂〉していき、自民党や公明党を支持する方々にも「保坂は良いこと言っている」と思ってもらえるようにして、「人びとを分断するイデオロギーには関心がないんだ」ということをわかってもらうんです。

中沢―― それは包摂というよりも抱擁だね。

宮台―― そうですね。さきほども話に出た「原発」都民投票でも、最初の段階で署名集めを担ってくれていた人たちに、僕が請求代表人として申し上げていたのは、「敵をつくらない」ということです。たとえば、原発推進派の人びとに脱原発をやるための条例だと思われてはいけないんです。

「原発推進のためにも、信頼できるプロセスがないと、墓穴掘って原発推進が台無しになりますよ」と伝えるんです。実際、僕はもともと原発推進派でしたが、日本に限っては原発の政策決定プロセスがデタラメだったので、「これは気違いに刃物だ」と気づき、少なくとも日本ではダメだと意見が変わった経緯があるんですね。

だから、京都大学原子炉実験所の山名元さんなど原子力村のボスの方にも、「原発推進をほんとうに持続したいのなら、いまのようなデタラメな決定プロセスではダメ」と申し上げてきました。「絶対安全神話」「全量再処理神話」「原発安価神話」など日本にしかない神話に支えられた原発行政は、かならず自分の首をしめます。

そう申し上げてきたら経産省がその方向に舵を切りました。その現れが、活断層再調査で運転再開に是々非々で臨む原子力規制委員会です。いま原発が五四基ありますが、その半分以上はもうまわさないという事実上の決定があるだろうと思います。その決定プロセスを象徴的に利用して行政への信頼回復を企てているわけです。

科学的知見に基づいてダメなものはダメだとやっていかないと、動かせる原発も動かせなくなる。これが、いまでは経産省の頭の良い官僚たちの考え方です。であれば、原発推進派の方々にも、住民投票プロセスで情報を完全化し、是々非々で臨むかたちでしか、原発が続けられないことを、理解していただくのはむずかしくない。

小平の場合も、道路をつくりたい人は儲かりたいだけですから、経済的な観点で説得していくことがまずは大事です。この種の公共事業は、経済学的に言うと、短期的な雇用と需要が発生はしても、持続可能でないばかりか、小平を経済的にも未来につなぐための、生き物としての全体性を示す物語を、破壊してしまいます。

実例は山のようにありますから、持続可能な経済効果を得るために、道路をつくるかわりに、同じ費用でこれこれの開発をすれば良いんだという具合に説得をしていく。ご自身や一族の経済的な利益という観点からもムダですよと説得する。経済でなく、価値や理念を持ち出してくると、住民が簡単に分断されてしまいます。

中沢―― こうした運動が失敗してきた原因は、理論の先に正義を持ち出してしまっていたからです。私たちがやっていることは社会的な正義なんだという議論を立てると、完全に正義と非正義とふたつに分断してしまいます。しかし、この正義には、実は根拠がない。宮台さんは経済効果と言ったけれど、お金の問題というのはいちばんリアルな問題だから、経済を基礎に据えようということです。もちろんお金の問題だけではないでしょう。ただ、この運動をやっている僕らは自分たちは正しいというポジションに立ってはいけないんです。

國分―― これは僕の個人的な感想なので正しいかどうかわかりませんが、この計画の推移を見ていて、誰かが利益を考えてやっているようには見えなかったんです。どこかに黒幕がいるのではないかと探してみたりしたんですが、見つからない。ちょっと謎めいているところがあります。

もちろん、もしかしたら利権がからんでいるのかもしれませんが、要するに何が言いたいかというと、悪者を見つけてやっつけようとしたり、「これは利権がからんでいる!」と声高に言うのではダメな政治問題があるということです。シンポジウムの冒頭では僕は怒ってしゃべってしまったんですけれど(笑)、この運動を進めていくうえでは、宮台さんがおっしゃる「敵をつくらない」というやり方、完全情報化を目指していくやり方が非常に重要だと思いました。

その意味で僕は、今回の住民投票請求が「道路に賛成か反対か」という選択肢ではなくて、「住民参加により計画案を見直すべきか、それとも見直しは必要ないか」という選択肢にしたことをほんとうに高く評価したいと思うんです。この選択肢は議論に議論を重ねて作り上げたものだと聞いていますが、ほんとうにすばらしいものだと思う。

つまり、この運動は反対運動じゃないんです。住民が道路のことを知って、理解して、自分たちで選択できるようにするための運動なんです。そのために、意見を聞く場を住民投票というかたちでつくってほしい、と。

宮台―― すばらしいですね。

國分―― みんなが住民投票で賛成してしまうことだって考えられます。でも、その可能性も含めて、みんなでこの問題を考え、自分たちで決めようじゃないかというのが今回の住民投票請求の最大のポイントであり、その意味でこの運動はまさしく宮台さんがおっしゃるような自治をこれからやっていこうというたいへん重要なきっかけなんです。

僕はほんとうに感動しています。道路計画に怒って運動に参加してきた人もたくさんいたはずです。僕だってそうです。でも、住民投票条例案は自治を目指すものに踏みとどまった。完全情報化を目指し、ひとりひとりが自治に参加していくための住民投票を目指した。僕はほんとうにいいなと思っているんです。

中沢―― 國分さんは怒って良い立場です。

國分―― そうですか(笑)。

中沢―― しかし僕や宮台さんはあんまり怒ってはいけない立場です。宮台さんはときどき演技で怒ったりもするけれども(笑)。老獪なやり方をする人間も必要です。しかし若い國分さんは怒ったほうが良い。

前回の「どんぐりと民主主義」でも、自民党系の市議会議員の人たちとよく話をして、納得を得るようなことをしていかなければならないということを繰り返し言っていました。宮台さんも「社会的包摂」が大事だとおっしゃる。まさにそういった時代に入りはじめていて、イデオロギーを前面に出したものというのは、みんな拒否されている。そういう運動にこの小平の運動がなってないということは、僕はとても可能性があると思っています。

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