住民投票のこれまでとこれから(その1)

共同代表挨拶(水口和恵)

3年前の2013年5月26日に住民投票が行われた。それは、東京都の道路計画について、見直しをもとめるべきか否かを問うものだった。鷹の台駅から歩いてきた方はお気づきと思うが、現在、道路予定地のところが、柵で囲われている。道路計画をめぐって住民投票をしたが、小平市長の提案で、投票率が50%に満たなければ不成立にするという改正がされたため、35%で開票されず、中身はわからない状態だった。投票用紙の中身を公開して欲しいという裁判を起こしたが原告敗訴になった。小平市は投票用紙を焼却処分した。投票結果の中身を知るためにはアンケートをするしかないかという話をしていたら、今年の1月に早稲田大学の福地さんが、調査をして論文にまとめられてとてもうれしく思った。今日は福地さんの調査内容を受けて、パネラーの先生に議論していただく。

小平3・2・8号線の住民投票についての概要説明(神尾直志)

小平3・2・8号線として住民投票で問われたのは、東京都都施行の全長27kmの府中所沢・鎌倉街道線と呼ばれる都市計画道路の小平市部分約1.4kmの部分のこと。1962年都市計画決定しているが、事業認可が2013年で、計画決定から51年経過している。小平3・2・8号線区間には、玉川上水や雑木林が入っている。

私たちの住民投票をもとめる運動は最近始まったものだが、予定地に住む二号団地の住民の方々は、1962年に計画決定したことを町報で知って以来、ずっと見直しを求める運動をしてこられた。かつて陳情がたくさん出た時期もあり、前小平市長が地下案にしてくれと東京都に申し入れしたことなどもあった。

住民投票条例は、「住民参加による見直しが必要」「見直しは必要ない」 という2択。投票資格は小平市の有権者。市長は、住民投票の結果を尊重し、住民の意思を東京都および国の関連機関に通知しなければならない、という内容。当初は成立要件なしでの条例案だったが、これが市議会において13対8(退席5)で可決。その後、小平市が、50%成立要件の改正案を出してきて、これは13対13となり、議長裁決で可決してしまった。

小平の住民投票条例を特徴づけるとすれば、直接請求による、個別型の、諮問型投票と言うことができる。直接請求とは、市民側が直接に住民投票実施のための条例の制定を求めるということ。そのためには、地方自治法が定める通り、有権者の1/50(2%)の署名が必要。これに対して、市長提案や議員提案による条例がある。次に、個別型に対しては常設型の住民投票というものがある。個別型の場合、事例毎に条例案を作り、それが議会で議決されねばならないわけだが、常設型では一定数の署名を集めれば必ず実施される(但し、常設型でも議会による拒否権を認めている自治体もある)。その分、必要署名数は有権者の1/3とか10%程度などと高く設定されている。最後に、諮問型というのは拘束力がないという意味。実は条例による住民投票はすべて拘束力のない諮問型。とはいえ、市長が結果に従うと言えば、諮問型でも拘束型に近いものになる。

小平の住民投票で集めた有効な署名数は、7,183筆(当時の有権者149,123人の4.8%)。投票者数は51,010人で、投票率35.17%で不成立、非開票投票にかかった費用は約3,000万円。税金を使うわけで、一定の要件を満たして実施されるべきものであることは言うまでもない。住民投票は小平市で実施されたが、都市計画道路の事業主体は東京都。小平市は東京都の事業に関与したがらない傾向が強い。小平市に権限が及ばない事案での住民投票には意味がないという意見が市議会議員から出されたことがあった。このあたり今日講師の先生方にディスカッションで深めて頂きたい。

小平3・2・8号府中所沢線の計画、見直しを問う住民投票有権者意識 調査報告(福地健治氏 早稲田大学社会科学研究科修士課程)

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福地健治氏 早稲田大学社会学研究科 修士課程

当日のプレゼン資料はこちらからダウンロード出来ます。

広告会社でプランナーを職業としている。50代を前に、まちづくりとか、市民自治などを学びたいと思って卯月盛夫研究室に入ることにした。

市民グループの話を聞いて、自治の問題、住民の問題について凝縮されている問題と思った。当時は最高裁判決が出る前だったが恐らく駄目だろうという状況を聞いていたので、これは調べるしかないと思い調査することにした。

調査の目的(資料P4)

  1. 開票結果の推定
  2. 非開票処分に対する有権者意識
  3. 手続きや成立要件などの住民投票制度に対する有権者意識

調査方法は、最高裁の判決前の8月27日から28日、インターネット調査会社の株式会社マクロミルをつかった。アンケート依頼モニター数は、小平市民1,855人で、有効回答数309名、うち住民投票時の有権者272サンプル。年齢は23歳~83歳までを対象とした。以下、アンケート結果を解説する(資料P5)

なお、インターネットの調査会社マクロミル社によるアンケートは、予めマクロミル社に登録していた1855人の小平市のモニターによるものであり、今回のアンケートのためのモニターを募集したものではない。

年齢別の投票行動

小平市長選、住民投票の年齢構成と比較して、アンケート調査回答者の比率は、70代の比率が極端に少ない。2013年度時点のインターネット利用者数は1億を越えて、人口普及率は82.8%であるがまだまだアンケートの年齢構成比には課題がある。(資料P6)

「2013年5月26日に実施された都道3・2・8号府中所沢線計画の住民投票を知っていましたか?」という質問に対して、「知っていた」が80.1%、「知らなかった」が19.9%だった。約2割の有権者が、住民投票があったことを知らなかったという結果になっている。2割が多いとみるか少ないとみるかは意見が分かれるが、市の広報のあり方についての課題が見えてくる(資料P8)

「都道3・2・8号府中所沢線計画の住民投票をしましたか?」という質問には、「投票した」が54.1%、「投票しなかった」が45.9%。知っていたけれども投票しなかった人が、45.9%いたということ。

「投票した」と答えた人のうち、どちらに投票したか、投票箱の中身の推定だが、「住民参加で都道の計画を見直すべき」が64.4%、「計画を見直すべきでない」という人が35.6%いた。「住民参加で都道の計画を見直すべき」がもっと高いと予想していた。逆に35.6%の人が、50%成立要件があるにも拘わらず投票所に行ったということは、素晴らしいと思った。(P10)

年代別に見ると、すべての年代で「計画見直し」に投票した人が多いが、30代で差が顕著に見られた。

男女別に見ると、「計画見直し」に投票した人は男女ほぼ同数だが、「見直し必要ない」に投票した人は、男性が女性の3倍以上という結果が得られた。(資料P11)

投票しなかった人への質問。投票しなかった理由は、「計画を見直す必要がないから」が28%、「投票しても不成立になる(投票率が50%に満たない)と思ったから」という人が34%、「自分とは直接関係がないから」が23%、「その他」が22%。「計画を見直す必要がないから」と、「投票しても不成立になる(投票率が50%に満たない)と思ったから」というは3人だぶっていたのでその点を考慮すると、59人(59%)の人が成立要件の影響を受けていたことになる。「計画を見直す必要がないから」はボイコットを意味する。「投票しても不成立になる」という、どうせ行っても50%には満たないだろうという人が34%、これは投票をギブアップしてしまった。「自分とは関係ないから」は、政治的アパシーと言われるが、50%要件は影響しているのではないかと考える。その他の回答には、「判断出来ないから」、「なんらかの形で計画は続行される気がしたから」、「どちらに投票していいかわからない」「よくわからないから」「賛成なら投票しても同じだから」「都合が悪く投票にいけなかった」からなどの人がいた。(資料P13)

手続きの妥当性、成立要件について

次に手続きの問題について「投票率50%に満たない場合は不成立」が新たに付け加えられたことについて、「手続きは妥当であると考える人」が108人、「手続きは不当であると考える人」は122人。(資料P14)

「50%の成立要件が妥当である」と考える人が82人、「50%の成立要件は高すぎる」が61人。「成立要件は設定すべきではない」という人が87名と最多だった。

成立要件が妥当適当であると考える人、男女比36:23、年齢構成も各年代いた。成立要件が不当、設定すべきでないと考える有権者も、年齢構成は各年代いて、大きな偏りがなかった。両者の属性はほとんど変わらなかった。

但し、開票に対する考え方は異なった。「開票すべき」と回答した人について見ると、成立要件は妥当適当であると考える人の中で、「開票すべき」が35、「開票すべきでない」が24、成立要件が不当、設定すべきではないと考えた人の中では、「開票すべき」が55、「しなくても良い」が3で結果が異なった。(資料P14)

投票結果を開票すべきが78.3%

「小平市はこの住民投票の開票をしない(投票結果を公開しない)としている。これについてどう思いますか?」については、開票すべきが78.3%、開票しなくて良いが、21.7%。アンケート時点で投票から2年以上が経過しているが、まだ8割近くの人が開票を望んでいた。

「開票すべき」と回答した人に対して、その理由を訪ねたところ「投票結果を知りたい」が74.6%、「市民に開示すべき情報だから」が77%、「国民には憲法で保障された「知る権利」があるから」が、40.4%、「税金を使っているから」が41.8%だった。「投票した人の時間と労力を無駄にしないため」が36.2%だった。(資料P17)

今回の住民投票では、開票するための条件として「有効投票率」を定めた。これとは別の考え方として、投票数の過半数を得た票数が全有権者の何%を占めるかで有効かどうかを決める「有効得票率」を設定する方法もある。「あなたは「有効投票率」と「有効得票率」のどちらをルール化することが適当と思われますか?」という質問をした。「有効投票率」が53.7%で、「有効得票率」が46.3%だった。説明が短く「有効得票率」がわかりづらかったのかと思うが、有効得票率が46.3%を占めたことは驚いた。(資料P18)

住民投票を何で知ったか?

「都道3・2・8号府中所沢線の住民投票を何で知りましたか?」という質問への回答。

新聞記事が38.1%で最も高く、次いで市民グループや学生の街頭活動が33.9%、続いて小平市発行のチラシやポスターが32.2%という順番になった。(資料P19)

これを年代別に見て見ると、70代以上の方は、新聞、小平市発行の印刷物、市民団体の印刷物など、紙媒体が多いことがわかる。(資料P20)

「住民参加で都道の計画を見直す」への投票率は64.4%

インターネット調査結果では、投票率43.38%、「住民参加で都道の計画を見直す」への投票率は64.4%で、得票率は27.94%だった。

これを実際の住民投票の年代別の投票者数に、インターネット調査のYes・Noの比率を掛け合わせると、「住民参加で都道の計画を見直す」への投票率は65.78%で、有権者全体に占める得票率は、23.13%となった。

50%要件がなかったと仮定した場合のシミュレーション

インターネット調査の結果から、投票に行かなかった人が50%投票率の成立要件に影響を受けていたことが明らかになった。投票にいかなった有権者が成立要件がなければ、投票にいった可能性があり、以下のようにシミュレーションして、投票率、得票率を計算した。(P22)

  • 「投票した」118人/272人=43.38%、「投票しなかった」100人/272人=36.76%
  • 当時の小平市の有権者数 145,024 x 「投票した」0.4338 = 62,911人
  • 当時の小平市の有権者数 145,024 x 「投票しなかった」0.3676 = 53,311人
  • 53,311 x 「不成立になると思った」0.34 =18,126人 が投票に行くと仮定すると
  • 62,911人 + 18,126人 = 81,037人 が投票に行ったことになる。
  • 81,037人 / 145,024人 = 0.5588  投票率は、55.88%と計算される。
  • 投票した人 62,911人 + 成立要件がなければ投票に行った 18,126人のうち50%が住民参加による見直しに投票したと仮定
  • 62,911人 x 0.644 + 53,311 x 0.34 x 0.5 = 49,578人
  • 49,578人 / 81,037人 = 0.6118 住民参加による見直しの人は、61.18%となる。
  • 有権者に対する得票率は、34.18%となる。
  • 投票率は50%を越えて、得票率も有権者の1/3を越えたであろうと思われる。

結論として、50%要件がある場合とない場合との比較において、有権者14万5,024人に対して投票数で3万票あまり、計画見直しへの賛成得票数で1万6,000票あまりの差が生じる。「投票率50%の成立要件」が、住民の投票行動に大きな影響を与えたことは明らか。民意を確認するために行われる諮問型の住民投票において50%要件を付することは大きな問題と言わざるをえない。

投票率50%の成立要件は投票ボイコット、ギブアップを生む

「市民の総意」は必要かも知れない。しかし「50%要件」は、投票ボイコットや投票ギブアップを生み、投票行動に影響を与えている。「非開票」は参加意識を萎縮させ、政治的アパシーにつながる。小平市長も住民投票の50%成立要件は市民の総意が必要だから、一部の人の決定で進めるわけにはいかないという説明をしていたが、しかし、50%成立要件が、投票ボイコットや投票ギブアップを生み市民参加による「総意」の形成をむしろ阻んでいる、といえるのではないだろうか、というのが結論だ。

卯月氏の補足

都市計画の計画や設計を行っていた。ドイツの事を研究している中で、ここ10年、ドイツでは住民投票の数が増えていた。計画が後戻り、再議論することが増えていた。ドイツの住民投票について研究を始めた。そういう矢先に小平の事例を知って、水口さんからよばれてドイツの住民投票について勉強会をした。50%成立要件がついた住民投票の投票率と、小平市長選の投票率は、2%しか差がない。市長の存在とはなんなのですか、という素朴な疑問をもった。

そんな時に福地さんが修士の学生として来た。広告代理店に勤めているので、むしろ住民投票の広報をどのように民主的にやるのか、という研究をする計画だった。オーストリアの研究で、住民投票は広告宣伝費にお金をかけた方が勝つという論文がある。一方、アイルランドでは広報にかける放送時間等は両派同時間で、第三者機関がチェックする。広報のあり方は、SNSが普及してきた中で、どれくらいのコスト・期間で住民に周知することが可能なのか、という大変重要なテーマだということで研究を始めた。最初は、開票結果の推定は意図していなかった。インターネット調査は初めて行ったのだが、今回の調査にはふさわしいものだと思う。

インターネット調査と実際の住民投票の結果に年代の差があるので、インターネット調査の有効性を確かめるためにいろんなシミュレーションが可能ではないのか、ということで今回の研究に至った。

諮問型の住民投票で、50%投票率で成立要件をつけるというのは全く理解できない。諮問型の住民投票とは、市と住民、あるいは市議会の間に意見の食い違いが見られる場合に、もう少し時間をかけて議論をしましょう、という意思表明であって決定ではない。成立要件は得票率で定めるべきで、低い数字で定めるべきである。ドイツのミュンヘンでは、10%というかなり低い有効得票率で、住民投票が有効となるが、その有効期間は1年であり、1年経過したら過去の市長や市議会決定が有効になってしまう。この1年間だけ、住民の意向を踏まえて住民参加のもとに再議論しましょうということだ。投票率による成立要件は、諮問型にはなじまないのではないかと思う。今後日本で行われる諮問型の住民投票を設計する際のアイディアを提示したいと考えている。

以下、その2に続く